| じゃっかる式日本語講座? |
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| 最近ショーもない広告メールが届きます。 別にどうでもいいんですが、どうも書いている人の頭が悪さが目立ちます。
以下メール内容 「 始めまして、貴方の地域担当 清水 と申します。当サイトの女性会員から貴方の宛先へ のメールを預けているというわけで連絡させて頂きました。
〔送信者〕美穂さん 〔件名〕お願いします。 *〔From〕**********@(docomo.ne.jp) *〔添付ファイル〕写真ファイル削除 ※人違いの恐れが有りますので、このメールにて完全公開は出来ません。詳細を確認した い方は本人の【プロフィール】をご覧下さい。 〔本文〕 「初めてですので、まず私から簡単な自己紹介を送ります。 美穂と申します、33歳で無職です(今年4月まで飲み屋経営)。二人暮らししていますが、私とBetty(愛犬)です。お酒は美穂のお好みです。飲み相手にして頂けるなら、きっと満足かな~ 色んな意味で…希望ならお礼もするつもりですが、無理やりHなど全くさせる気はありません。まず近いうちにお手隙でしたらお会いしてみませんか? そういうわけで、お返事待っております!」
※直接やり取り希望の方はまず登録をお願いします。女性の依頼を受けた貴方の登録設定 は完全無料です。今回は更に2,000円無料ポイントを進呈致します。
」
当然宣伝メールなのでURLも書かれていましたがとりあえずそれは削除。 こういうので引っかかる人がいるのかねぇ・・・?
まず清水と名乗る方からの説明が正直意味がわかりません。 主語がどこにあるのか、当てはめようと思えばどれにも当てはまるので文章としてはだめだめです。 文章は表情やその場の雰囲気がないのでできるだけ伝えたい事を確実に伝わるようするのが必要最低条件。
自己紹介の文章も順序がおかしいせいで混乱しやすいです。 お酒についての話題は(飲み屋経営)の説明の直後に入れるべきでその間に別の文を1~2行挟んでしまうと話題の変化が読みにくくなります。
自己紹介の途中・・・ ・・・かな~ と いろんな意味で~ がつながっているのがわかりにくいです。 普通は段落の前後というのは文章の一定の区切りであって、つながりがなくなるはずなのですがこの場合はつながっています。段落がかわっているのに文章が続いていたら段落意味がありません。
最後の そういうわけで~ だけ段落が変わっているのも変です。文法は統一するのが普通。段落が変わるるたびにスペースを入れるなら入れる、入れないなら入れないとはっきり決めましょう。
別に俺の日本語は正しいわけじゃないが、いくらなんでもこれは読めない日本語の文章だと思う・・・。
うちの研究室の院生の方のレポートの文章もぶっ飛んでいてなかなか読みにくい。 小学生の頃の国語の時間に文法って習わなかったのかな?
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8月16日(火)23:33 | コメント(2) | 思想と妄想と空想 | 管理
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| 千里眼 |
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| 千里離れた場所さえも見ることのできる眼 つまりアフリカに住む○○族の事を示唆する言葉・・・(違
著者 松岡圭祐
心理学を用いたサスペンス? この本ででてくる読心術は日常生活で俺も使っています。 といってもプロじゃないから、「可能な限り」という程度だけどね。
徐々にギアが変わって加速していくような様は読んでいて気持ちいいです。 けれども、リアルっぽさを出そうと専門用語を多用しているのに登場人物にリアル感があまりないのはちょっといただけないかな・・・。 松岡作品のキャラクターはどれも魅力的なんだけど、あまりにも作り物めいていてちょっと苦手。 どことなくいかにもなキャラ作り。 まあ、娯楽小説なんだからそれで全然かまわないんだけどね。
狭い室内で蹴り技をたようするのはあまりお勧めできないなぁ・・・なんて思ってしまうのは、別の意味で俺の脳みそが相当毒されているだけです。 まあ、女性主人公だから少しでも威力のある蹴り技を選んだのだろうけど。
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8月14日(日)20:14 | コメント(0) | 本のお話 | 管理
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| やっちゃった。やっちゃった。 |
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| ゲームをプレイする余裕なんぞどこにもないのにゲームを買っちゃいました。
ファントムブレイブ 980円也ー。
相場を知っている人ならわかると思うけど普通に中古で買うなら3000以上? その安さにつられて買っちゃいました。 だめだなぁ。
ディスガイアとちがって妙にほのぼの。 例によっておかしいくらいにやりこみ要素が詰まっているので気が向いたらチマチマやることにします。
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8月14日(日)06:32 | コメント(0) | gameとか? | 管理
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| 比較も比喩も一重に人の成す言葉也 |
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| 自己にとってもっとも嫌悪すべき点は嫌悪対象に対しての態度が露骨である事。 言葉を違えるならばそれは嫌悪感という名の感情に対しての理性の歯止めが効きにくい。 嫌悪の感情量の限界値がほかの感情に比較して圧倒的に少ない事の現われ。 解消法はそれほど難しい事ではない。 そう言葉にするだけなら誰でもできる、実行は言うより難し。 嫌悪の感情に気づいた時点で全ての言質行動にワンテンポ間を空けることで理性による歯止めの余裕を持たせる事。 さすれば自然と表面的には感情の変化を他者に悟らせる可能性がぐんと減る。 感情的な行動は時に大きなエネルギーを生むが人の世である以上は感情を発露するよりか常に平静である事に重きを置くのが世の理だと判断するが故の処方。
要するになにがいいたいかというと。
おいらはの精神状態はまだまだお子ちゃまです。
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8月11日(木)09:26 | コメント(0) | 思想と妄想と空想 | 管理
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| ウひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ |
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| ↑こんな笑い方をする人は神経をいい具合に逆なでする気がする
昔書いた文章にこんなのがあった。
人を殺すのは思いのほか簡単な事だけど、人を殺した影響を消し去るのは思いのほか難しい。
俺は別に相当できた人間だというわけではないが安易に「ぶっ殺す!」だの「死ね!」だの低俗な罵倒は使いません。 それはその言葉自体が相当に低俗すぎて言葉としての価値が皆無であると俺が判断している事と、俺が人に対して殺意をおぼえることがないことからきています。 そんなこんなでいまだに殺意という感情が理解できません。 怒りや悲しみはそれなりに経験できても殺意はそう簡単に経験できる物ではないのでしょう。
同様に「キれる」という感情も理解できません。 怒りに任せて前後見境なくなる状態・・・というべきなのでしょうか? そのような状態に陥った経験はありません。 もちろん「怒り」の感情を持つ事はありますが。 怒りとキれるは別物であると俺は判断します。 怒りの感情はまだ理性で制御可能な領域であり、キれるは制御範囲外にあると俺の中での定義づけされているからです。
絶望というものも未だに理解できていません。 それは俺が絶望を経験していないとかそういう意味ではなく、絶望を何を持って絶望と呼ぶのかわかりません。 「絶望したと思っていたのに俺はまだ絶望し足りていなかったらしい・・・。」 というのはある小説の主人公の台詞。 無駄に大量の本を読んでいるせいか自分より酷い状況なんていうのはいくらでも想定できるし引用できます。 ゆえにたとえ俺が絶望に近いベクトルの感情を抱いたとしてもそれが絶望であると断言するには絶望の基準を見出せない限りそれは永遠に「絶望に近い感情」どまりになります。
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8月10日(水)09:29 | コメント(0) | 思想と妄想と空想 | 管理
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